2008年03月31日

もろもろ

昨日、J1ライブセットに変更して以来、初めて「Jリーグアフターゲームショー」とやらを見たのだが、柏-札幌のレビューが全9試合中一番最後で、1時間以上も待たされたのが腹立つヽ(`Д´)ノ

別に試合を見たんだから、急がなくてもいいっちゃあいいのだが…
ノノの喜びの声を聴かずに寝れるか、ってことで。

西きゅんJ1初ゴールおめでとう。胸トラップサイコー!
柏の次郎君(苗字忘れた)はルーキーで初得点だそうだが、ルーキーなのになんで私この人の名前知ってるんだろう?と思ったら、→2年前のJ2のとき特別指定選手で試合に出てたそうだ。なるほど。

こっちの大卒ルーキー柴田君は柏ユース出身で、めでたく凱旋出場&勝利となったのだが、もしコンサユース出身の選手が大学で4年間過ごした後、他のチームに入団して、他チームのユニフォーム着て札幌に帰ってきたらどんな気持ちがするのかな?と思う。
もちろんユースにはみんなに昇格して赤黒を着てほしいけど、そんな時がきてジレンマに陥るのもなんとも贅沢なような気がして、早く来ないかなぁと夢見てしまうわ…(以下妄想タイム)

そして今日のサテの練習試合ではヒロくんと熊ちゃんが参加していたという。
2人とも頑張れ〜変態技を見せ付けてやるのだ!

つーかプリンス日程まだですか!!!!
去年は3月中に発表になったのに!!!!


(やけにテンション高)
posted by ぶらんか at 22:10 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月26日

人のブログでヘェ〜と思った話

クラオタでマリノスサポな人のブログを開いたら、今年はカラヤン生誕100年の記念の年なんだってね。
へ〜カラヤンは明治41年生まれか。

カラヤンとフルトヴェングラーというのも、先日手帳を買ってペラペラめくってたら、年号と西暦の対照表があって、じいちゃんが生まれた明治41年がトップで満100歳だって書いてあったから。うちのじいちゃんも生きていれば100歳なんだね、と言ってたのだった。
カラヤンは1989年に鬼籍の人となったが、うちのじいちゃんは病院を無断で脱走するなど、比較的元気な闘病生活の末、1997年にこの世を去った。

去年、「カラヤンとフルトヴェングラー」という新書を読んで、フルトヴェングラーにプレッシャーをかけるカラヤンという図式に「フルベンカワイソス(´・ω・`)」と思った記憶が新しい。
でもじいちゃんと同い年だと知ると、急に親しみも湧いてくるというもの。CD買ってみるかな。チャイコフスキーの「白鳥の湖」がイイナ〜。(←頑なに本流から外れるやつ)


また、数日前、懸賞好きなコンササポさんのブログに「HBCのメール会員に登録したら”Hana*テレビ”のQUOカードが当たった」と書いてあったので、私も試しに申し込んだら、今日うちにもQUOカードが届いたw 抽選で500名様とあったけど、よっぽど申し込む人が少ないのか、実は先着順なのか、お大尽にも登録者全員に送っているのか、脅威の早業&当選率だった。
(わたしゃくじ運悪いので、懸賞はからきしダメなのよ…)

まだ当たるかもしれない↓(QUOカードは3月中らしいのでお急ぎあれ)
http://www.hbc.jp/mail_de_hbc/index.html


でも…もらっといてケチをつけるのも何だけど…
QUOカード大盤振る舞いはいいけどさ、ノノの取材にカメラマンくらいつけてくれても罰は当たらないんでないかい…と。
posted by ぶらんか at 21:28 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月25日

フリージアが咲いた

去年の12月8日に植えた(ココ)フリージアが咲いた。

0325freesia.jpg

植えたときはまさか、花を猫の墓前に供えることになろうとは思いもせず。
約1ヵ月後に猫を失って、しばらくは呆然と、やがて投げやりに日々を送っていて、このフリージアも長らく放置してた。母が時々水遣りをしてくれてたのは知っていたが、猫以外のものに気を配ったり世話することになぜかとてつもない嫌悪感を感じて、わざと見て見ぬふりをしてたのだ。

フリージアといえば、花の色は黄色か白か紫だと思っていたが、こんな赤い花もあるとはね。私は白い花がほしかったな。こんな色、やだ。
と、前は大好きだったフリージアに冷たく当たる私。

今日、札幌は「積雪ゼロ」になったと天気予報で言ってたっけ。
いよいよ春が始まる。
でも今年は何にもやりたくないや…。
こんな小さな花にも喜びを感じられないなんて、なんかもう終わってる。
posted by ぶらんか at 21:23 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月22日

初めと終わりが全然違う話

フィギュアスケートの世界選手権、昨日テレビで女子フリーを見たけど、朝からフジテレビすら「真央ちゃんが優勝しました!」と盛大にネタ晴らししてたので、なんだかなぁとw

だからジャンプに失敗したのも事前に知っていた。でも着地に失敗してしりもちついちゃったんだなと思ってた。したっけ踏み切りに失敗したとは…びっくりした。あんなの初めて見た。
でも良く立て直したよなぁ。

中野さんはあの演技でなぜ4位なのか不満!!!!
コストナーより良かったぞぉ。

直前で怪我をして、演技の途中で棄権した安藤美姫選手は…コーチの言うこと聞いて、演技の前にやめとけばいいのになとは思ったが、好きで怪我をするスポーツ選手などいないし、シーズン最後の大会がこんなになってしまって気の毒だった。それにしてもスウェーデンの人は優しいね…演技をやめた彼女にあたたかい拍手、そんで事情を説明する場内アナウンスのお兄さんも「早く良くなることを祈ってます」と言ってたし。最近見た某国でのサッカーの国際大会では、日本代表は地元の観客にいじめられるばかりで、この対応の差に涙がちょちょぎれた(´;ω;`)ジーン

あと表彰式の君が代!
さすがABBAを生んだ国だけあるなぁ…って思った私も相当古いな!!
つい何週間か前にカシマスタジアムでなんとかという歌手が歌った君が代にずっこけたばかりだったので、スウェーデン人の方がよっぽどうまいや…

と、最初の方は思ったのだけど。
テンポが早く、全体に軽妙すぎて、やっぱ違うなと。
彼らの音楽風に指示をするなら、「Largo」「Adagio」「Grave」かな…でもこの3つのうちどれが一番的確かというと悩んでしまう。

Largo(ラルゴ)だとテンポはゆったりするけど、軽すぎる。
Adagio(アダージョ)は日本語で一言で説明するのは難しい感情だけど、アダージョと君が代が持つ雰囲気は違うと感じる。
Grave(グラーヴェ)は重々しすぎる。

こんなことで思い悩んで改めて楽典の教科書を引っ張り出す土曜日の午前中。ヒマだね〜
今日はタイヤの交換をしようと思ってるんだけどー。

まぁ日本人が君が代を聴く・歌うときに溢れる感情を、外国人の彼らにそっくり写し取られても困るよーな気がするし、違和感を覚えて当然なんだろな。サッカーの国際試合で日本のタレントがどれだけヘタクソに歌っても、「感情」という面ではぶれてないと、今回分かったわ…。学校教育で日の丸君が代を禁じられても(爆)精神は伝わるみたいで良かった。

しかし我ながら速度指示記号にも、知らず細かく使い分けている私…いや当たり前だけど…でも音楽って奥深い。
posted by ぶらんか at 10:36 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月16日

初宮の沢

宮の沢からの帰り、NHK-FMをつけたらロッシーニのオペラ「ウィリアム・テル」の演奏が始まるとこで、このオペラで一番有名な「序曲」が最初に演奏された(「序曲」なんだから当たり前だぁな)のだが…

今の30代後半〜の人限定かもしれないけど、「ウィリアム・テル序曲」といえば最初「なすびの懸賞生活」で、後半は「オレたちひょうきん族」だよね…別に真面目に聴く必要はないけど、いつ、どこで聞いてもこの2番組を思い出すパブロフの犬状態に苦笑い。

あと、「タンホイザー」はどこを聞いても「アリナミン」を思い浮かべてしまう。ここまできたら番組やCMを作った人にとっては大勝利なのかもしれないけど、私にとってはイメージが固定化されてしまうのはちょっとつらい。たまには別の世界が見たい…ていうか「ウィリアム・テル」とは愛と勇気の物語じゃないのか。
何が悲しくてなすびのモザイクつき全裸とかアミダばばあとか思い浮かべなきゃならんのよw

鶴太郎がマッチのモノマネしてるの好きだったなー。
(ひょうきん族のWiki


まぁそんなことはともかく。
今年初めて宮の沢へ行った。
こんな季節だから、ベンチコートと除雪に大活躍だったズボンを持って、体を冷やさない準備万端で行ったけど、日差しが暖かくて、こんな装備は不要だった。

ユースくんの布陣は予想通り。このスタメンでプリンスに入るのはほとんど決まりかな?ヒロくんはやっぱり真ん中がいい。(これは西きゅんにも言えることだけど…)去年は上級生の中で1人だけ、サッカーしてるというよりボールと戯れているようだったヒロくん、遊び心がすぎてパスが全然つながらなかったりしてたのはもう遠い昔なのか、すんごい頼れる選手になってたのが印象的だった。怜大も去年の5月ごろやった練習試合ではスナ様にかなりやられていたけど、今日はちゃんと対応できていて(サテがアレだったからアレか?)上手になってるんだなぁとシミジミ。

でも…パスはつなげてもゴールに結びつくプレーが少なく、勝負バスがなかなか出なかったのは連係に問題あり?あっ、とりあえずサテの兄ちゃんたちが上手かったってことなのかな??でもクロスの精度も昨秋同様もうちょっと(^^;…課題がないわけじゃないなと思ったのでがむばって下さい。

サテは…トップと同じ試合をしてた。以上。
そうそう、純貴は今日はユースと対戦てことで、ちょっと入れ込みすぎだったように見えた。あと去年の頼れるエースも、トップの中では初々しいルーキーなんだなぁと。右サイドは窮屈そうだったので早いとこトップに固定してくれ!後半終了間際、鶴ちゃんが右サイド深く切れ込んでゴール前にクロスを上げたとき、逆サイドにいてそのボールをクリアしたのが純貴だったけど、そのクリアはゴールに入って行くように見えた…去年なら間違いなく純貴がユースのFWとして、ヘディングで叩き込んでいたはずのボールがきて、ついうっかりシュートしそうになったんじゃない?とユースな観戦仲間と笑ってしまった。

先日は何だか長ったらしい名前の強化リーグにU-18も参加することになったという報道があり、今年はユースくんを見る機会がちょっと増えそうで楽しみだ。
posted by ぶらんか at 22:56 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月11日

岐阜を見て思い出話をする

J2第1節@小瀬
ヴァンフォーレ甲府 1-1 FC岐阜

アイカー目当てでなんとなくつけていたが、アイカーはメンバーに入ってなかったのでガッカリ。はよ怪我治せ。ホームの大声援を受けた甲府がボールキープして攻め込む場面が多かったけど、昨年来の決定力不足はまだ補えてない印象(…てかあの愛媛にいたFWでいいの?)。甲府1点リードの後半、あな懐かしや小島のヒロミちゃんが入ったあたりで岐阜に流れが…そして左サイドに開いたそのヒロミちゃんがフリーで受け、落ち着いたシュートで同点!

私の小島宏美という選手に対する印象は、柏戦でPK外したのと、ルーキーだったAaコンビに悪い事ばかり教えたサッカーに醒めた人…くらいしか最早ないのだけど、彼の6年間がどういうものだったか良く知らないが、こうして岐阜で確固とした地位を築き、情熱を取り戻した姿を見て、しみじみと良かったなぁと思う。

そしてミスター岐阜・ゴリが入ったら完全にイケイケになった岐阜。
攻め疲れの甲府にあわや逆転というムードをぷんぷんさせて…図らずも熱狂してしまった。
あと印象的だったのは岐阜工出身の片桐くん。最近名前を聞かないから、マスコミにいじられてつぶされてしまったかと思ったが、やっぱり岐阜でまっすぐサッカーやってる。何度もカウンターの起点となってて、後ろからのフィードをトラップ1つで大チャンスに変え、「やっぱうまいわ…」と感心させられた。(コンサトップの試合でもホントはこういう些細なことで、うなりたいんだよね。かなり長いことご無沙汰だけど)

試合はそのまま1-1で終了。甲府サポからは大ブーイング。
まぁしゃーない。降格したばかりの時はえてしてこういうものだ(経験者が語る)。
年が明けたからってチームが丸々生まれ変わるわけじゃないんだよ…orz

岐阜はJ2初挑戦ながら、去年のJ1チームと一歩も引かない好ゲームをして、勝ち点ゲットで大満足というところかな。私もちょっと応援したくなってしまったじゃないの。
あんまり関心が…と言っていたT市民のMぃくん、FC岐阜はオススメだよ!


岐阜といえば…愛知県の隣の県だけど、そんなに行ったことがない。記憶を辿れば高校に入学したてのころ、1年生全員で岐阜の山奥の青少年なんとかというありがちな施設で合宿して高山を見物したのと、大学卒業前、ゼミ仲間の女の子同士で下呂温泉に行ったのと…ひょっとしてサークルの仲間と夏休みに行った「杉の子キャンプ場」も岐阜だったのか?夏合宿の「ヴィラ車山」も岐阜か??(←自分で車を運転しないと、場所がわからなくてダメね)

あと、母があるとき何かに腹を立ててプチ家出したのだが、帰宅後「どこに行ってきたの?」と聞いたところ、岐阜城金華山に行ってきたとなぜかやたら胸を張ってたっけ。1人では喫茶店にも入れない人が隣の県まで電車で行って1人で観光したわけで、えらい遠いところまでよぉ行ったなぁと思ったから、やはりイメージとしては「遠い」。
実際は人がたくさん住んでるところは電車ですぐなんだけど。

そんなわけで母校がある名古屋の某チームにすら全然親しみを覚えないとゆーのに、縁もゆかりもないFC岐阜なんてと思ってはいたのだが…あんな好ゲームをされると(^^;…アイカー気になるし…でもJ1セットに変更しちゃった…。


※ぐぐったら「ヴィラ車山」は長野県でした…そっか。
ここでサークルの合宿してたとき、途中で用事があって帰る子がいたのだけど、準備が悪くてバタバタしてて、その背中に苫小牧からきた1年生のS子ちゃんが「何時の汽車さぁ?!」と北海道弁丸出しで叫んで、同郷の私だけを笑い死にさせたという楽しい思い出。

今の若い道民も「汽車」っていうのかな…?
posted by ぶらんか at 22:24 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月02日

最後のねこ話

0114memory.jpg

去る1月14日11時8分、我が家の猫がこの世を去りました。
日曜日ごとにお寺にお参りして今日で7回目、四十九日の区切りをつけなきゃいけないかなと思い、ここにお知らせします。

1990年の秋に家の車庫に捨てられていたのを拾って17年と数ヶ月、私の人生の半分近くも一緒にすごした猫がいなくなったことに、1ヶ月以上たった今でも慣れることができず、家の玄関を開けるときは何か覚悟を決めて心してあけなければ、ついいつものように「にゃんこ帰ったよ〜〜!」と声をかけそうになってしまう。いつもべったりスキンシップを求める猫ではなかったけれど、つかず離れず私の視界の片隅にいたので、今こうしてパソコンに向かっていても、振り向けば後ろのソファに猫がいて、「なぁに?」と頭を上げてこっちを見てくれるような気がしてならない。

高齢猫だし、去年からは甲状腺の病気も持っていたから、近いうちにこんな日がくると覚悟を決めていたつもりだけど…なんか全然ダメ。死ぬのが避けられないなら、どうか安らかに逝ってほしいと願っていたけれど、その願いどおりにはならなかった。みんなに「大往生じゃない」と慰められたけど、あんな死なせ方をして、私はそれまで一体何のために一生懸命面倒見てたのか、自分では一生懸命のつもりでも、当の猫にはありがた迷惑でしんどかっただけなんじゃないかと、何が大往生かと、自責の念から抜け出せずにいる。

猫が死んで3日後、いつもの診察の予約が入れっぱなしだったので、お世話になった先生に挨拶に行ったときに、状況を話したら納得できる説明をしてくれたかもしれないけど、涙をこらえお礼をいうのが精一杯で、結局何も聞けなかった。今は少し冷静になったけど、まだしみじみ思い出話する気持ちにはなれなくて、母も私も猫のことは口にしないし、今更行くのもクレーマーみたいで嫌だし、時間がたつのを待つしかないのかな…。


ネコちゃんには最期にあんなに苦しめてしまって
今はごめんねという言葉しかでてこないけど
あんまり執着するとあんたが成仏できないかもしれないから
週に1度のお寺参りは今日でおしまい。
「ねこ話」もこれでおしまい。

17年間そばにいてくれてほんとにありがとね。


いかん…明日はお岩さん決定じゃorz
やっと泣かずに1日を終えられるようになってきたのに。
区切りをつけるってかえって悲しいわ…

それにしても1月14日という1年が始まったばかりの時期にこういうショックなことがあると、先のことがどーでもよくなって、残りの11ヶ月が全て空しい暇つぶしという気分になってしまい、今までほんとなげやりに過ごしてしまった。父が亡くなったときは寝ても醒めてもコンサドーレな時期だったから、コンサドーレには随分慰めて貰ったけど、今年はどうなんだ…?
posted by ぶらんか at 23:02 | Comment(3) | ねこ話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする